『大日本史料』第三編(保安二・三年分)編纂メモ

保安二年(1121)・同三年(1122)と単純に変換しています。雑載は0月、閏月は空いているところに。

『三会定一記』

27冊284頁 http://clioimg.hi.u-tokyo.ac.jp/IMG/850/8500/02/0327/0284.tif
底本について混乱がありました。「○興福寺所蔵」としてありますが、史料編纂所で架蔵する謄写本[2014-193]および写真帳[6170.65-7-47]は、興福寺所蔵本でも増補記事などが入っている近世の写本(24函3号)で、今回の本文は、原本ないしその系統の写本から翻刻されたとみられる『大日本仏教全書』に拠っています。ただし、表記などは整理されているようです。
原本は、興福寺(巻四:46函10号)と宮内庁書陵部(巻一〜三:111-531:『書陵部紀要』59、2008年、104頁)に分蔵。写真帳[6114-130]。
池和田有紀「調査報告 当部新収水谷川家旧蔵本について」(『書陵部紀要』58、2007年)https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Publication/000/000005800000/b4b717c20f0f4f72a5ffaeb618144785参照参照。